電波の人体影響に関する公的機関の見解

WHO(世界保健機関)の見解

WHOでは、電波が健康に及ぼす影響に対する高い関心に応えるため、国際電磁界プロジェクトを推進しています。2011年5月に、WHOの専属機関である国際がん研究機関(IARC)は、携帯電話など電波の発がん性評価を行った結果、携帯電話などの使用について限定的な証拠があったとして、「発がん性があるかもしれない」(グループ2B)に分類したと発表しました。

一方、WHOは次のように見解を表明しています。

  • ファクトシート193番(携帯電話:2011年6月(2014年10月一部改訂))

    「携帯電話が潜在的な健康リスクをもたらすかどうかを評価するために、これまで20年以上にわたって多数の研究が行われてきました。今日まで、携帯電話使用によって生じるとされる、いかなる健康影響も確立されていません。」

  • ファクトシート304番(基地局および無線技術:2006年5月)

    「今日までに集められた研究結果を考慮した結果、基地局および無線ネットワークからの弱い電波が健康への有害な影響を起こすという説得力のある科学的証拠はありません。」

また一般社団法人 電波産業会 電磁環境委員会は「国際がん研究機関(IARC)の電波の発がん性評価結果について」を発表しています。

国際がん研究機関(IARC)の電波の発がん性評価結果について(2011年5月31日)(PDF形式:196KB/3ページ)

WHOは無線周波電磁界ばく露からの健康に関する全ての研究結果の再検討やリスク評価などを行い、環境保健クライテリア(EHC : Environment Health Criteria)として、2016年までに取りまとめる予定です。

WHO国際電磁界プロジェクトの詳細については、下記のWEBサイトをご覧ください。

Electromagnetic fields(WHO)

総務省の見解

総務省では、電波による健康への影響について評価を行うとともに、電波防護の指針の根拠となる科学的データの信頼性の向上を図るため、生体電磁環境研究推進委員会を設けています。
この委員会は、医学・生物学の専門家と、電波のばく露レベルを高精度に評価する工学の専門家による密接な連携の下、WHOなどと協調しながら各種の研究を行っています。

総務省はこれまでの10年間にわたり、一連の動物実験や疫学調査などによる生体安全性評価に関する研究を下に、2007年4月に最終報告としてまとめ、「わが国をはじめ、国際的な専門機関では、電波防護指針を下回る強さの電波によって非熱効果を含めて健康に悪影響を及ぼすという確固たる証拠は認められない」と発表しました。

総務省では、2008年6月に設置された「生体電磁環境に関する検討会」において、引き続き、国内外の研究結果の分析などを行っています。

生体電磁環境推進委員会最終報告要旨(抜粋)

2007年3月26日に総務省 生体電磁環境研究推進委員会が最終報告をまとめました。その概要は下記の通りです。

  • 電波の人体への影響については、わが国をはじめ、世界各国で50年以上に及ぶ研究成果が蓄積されてきており、これらの膨大な科学的知見に基づいて、電波の健康影響の閾値に十分な安全率を見込んだ電波防護指針が策定されている。

  • 近年、携帯電話の急激な普及を背景として、電波による健康影響に関して国民の関心が高まっているが、わが国をはじめ国際的な専門機関では、電波防護指針値を下回る強さの電波によって健康に悪影響を及ぼすという確固たる証拠は認められないとの認識で一致している。

  • 一方、電波防護指針値以下の低レベルの電波が人体に影響を与える可能性があるとの報告が一部あるが、これらの研究は必ずしも実験条件などが適切でないといった問題が指摘されており、このような研究成果は、本来、再現性の確認などを経てから安全性評価のデータとして取り扱われるべきものである。しかしながら、正確な情報提供が必ずしも十分でないことが、国民の漠然とした不安を招く要因となっている。

  • 本委員会は、世界保健機関(WHO)における国際電磁界プロジェクトと協調しながら、医学・生物学の専門家と高精度なばく露評価を行う工学の専門家による密接な連携の下で、公正かつ中立的に研究を行っている。本委員会におけるこれまでの10年間の研究の成果では、いずれも携帯電話基地局及び携帯電話からの電波が人体に影響を及ぼさないことを示している他、過去に影響があると報告された結果について生物・医学/工学的な手法を改善した実験においては、いずれも影響がないという結果を得ている。

  • 従って、本委員会は、現時点では電波防護指針値を超えない強さの電波により、非熱効果を含めて健康に悪影響を及ぼすという確固たる証拠は認められないと考える。