プレスリリース 2020年

実用的なリチウム空気電池の
サイクル寿命を決定する主要因を特定

~電解液量と面積容量とのバランスが鍵 リチウム空気電池の早期実用化に期待~

2020年12月2日
国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)
国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)
ソフトバンク株式会社

概要

  1. 1.
    NIMSは、ソフトバンクと共同で、エネルギー密度の高いリチウム空気電池※1のサイクル寿命が、電解液量と面積容量※2の比に支配されていることを明らかにしました。反応に使われる酸素に加えて、副反応に伴って生成される物質の定量的な測定法を開発し、電池反応全体での反応物、生成物の収支を精密に評価できるようなったことで、サイクル寿命の主要因の決定に成功しました。今回の成果は、リチウム空気電池の実用化研究開発において重要な指針を与えるものです。
  2. 2.
    リチウム空気電池は、理論エネルギー密度が現状のリチウムイオン電池の数倍に達する「究極の二次電池」であり、軽くて容量が大きいことから、ドローンや電気自動車、家庭用蓄電システムまで幅広い分野への応用が期待されています。2018年に設立したNIMS-SoftBank先端技術開発センターでは、その特性を生かして携帯電話基地局やIoT、HAPS(High Altitude Platform Station)※3などに向けて実用化を目指した研究を行ってきました。その中で、特にサイクル寿命を延ばすことが重要な課題ですが、従来は電極など個別の材料の評価が中心で、実際に高エネルギー密度なリチウム空気電池を作製してサイクル寿命を評価した例は限られていました。さらに、正極活物質として利用する酸素や副反応に伴って生成される気体など、反応に関わる物質を定量的に測定する方法が限られていたため、反応全体での反応物の収支が分からず、サイクル寿命に影響を与える支配因子が明らかになっていません。これらがリチウム空気電池の実用化研究開発を進める上での大きな壁となっていました。
  3. 3.
    今回、研究チームは、反応に使用する酸素や、充放電に伴って発生する気体および揮発性物質を定量的に評価する手法を新規に開発し、リチウム空気電池内部の複雑な反応を精密に評価する手法を確立しました。さらに、本手法をNIMS-SoftBank先端技術開発センターで開発した実用的なリチウム空気電池に対して適用することで、電池のサイクル寿命が電解液量と面積容量の比で定義されるパラメータにより支配されることを初めて明らかにしました。具体的には、電解液量を一定のまま面積容量を減らすと、サイクル寿命が延びることが分かりました。一方で、面積容量が減ると電池のエネルギー密度は下がってしまうため、実用的なリチウム空気電池の開発においては、「電解液量と面積容量の比」のパラメータを意識した電池設計、材料評価が重要であることを示しています。
  4. 4.
    今後は、本研究で得られた知見をふまえ、リチウム空気電池内部の副反応抑制手法を確立することで、NIMS-SoftBank先端技術開発センターでのリチウム空気電池の早期実用化につなげます。
  5. 5.
    本研究は、主に、文部科学省の統合型材料開発プロジェクト(GREEN)、JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発・特別重点技術領域「次世代蓄電池」(ALCA-SPRING)、NIMS-SoftBank先端技術開発センターの一環として、NIMSエネルギー・環境材料研究拠点の宇恵 誠特別研究員(2020年9月まで)、朝比奈 均NIMSエンジニア、松田 翔一主任研究員、魚崎 浩平フェロー(NIMS-SoftBank先端技術開発センター、センター長)らの研究チームによって行われました。
  6. 6.
    本研究成果は、日本時間2020年12月2日以降に、RSC Advances誌にオンライン掲載されます。

研究の背景

リチウム空気電池は、重量エネルギー密度※4が圧倒的に大きいことから、軽量性が重視されるドローンやIoT機器、さらには電気自動車や家庭用蓄電システムなど、幅広い分野への応用が期待されています。リチウム空気電池は、正極活物質として空気中の酸素を用い、負極にはリチウム金属を用いることによって、理論エネルギー密度が現状のリチウムイオン電池の数倍に達する「究極の二次電池」です。NIMSはGREEN(ナノ材料科学環境拠点)においてリチウム空気電池の研究を開始し、JSTの支援のもと基礎研究を進めてきました。さらに、2018年にソフトバンクと共同で、NIMS-SoftBank先端技術開発センターを設立し、携帯電話基地局やIoT、HAPSなどに向けたリチウム空気電池の実用を目指した開発研究を行ってきました。図1aには、従来のリチウム空気電池の材料評価で一般的に使われてきたセルの模式図を示します。過酸化リチウムや金属リチウムといった充放電反応に直接関与する物質に加えて、セパレータや電解液といった電池反応に直接関与しない物質が電池総重量の多くの割合を占めており、実際のセルのエネルギー密度は非常に低いレベルにありました。リチウム空気電池は理論的には非常に高いエネルギー密度を示す一方で、実際に高エネルギー密度なリチウム空気電池を作製・評価した例は限られており、サイクル寿命に影響を与える支配因子が明らかとなっておらず、このことが、リチウム空気電池の実用化研究開発を進める上での課題となっていました。

リチウム空気電池の模式図
図1:リチウム空気電池の模式図

研究内容と成果

リチウム空気電池においては、理論的に想定される充放電反応に加えて、電解液やカーボン電極などの分解反応に由来する副生成物の発生を伴うため、電池内部の反応は非常に複雑です。特に、正極の反応物質である酸素の物質収支を把握することは、電池反応の効率や副反応の詳細を理解するために必要不可欠です。そこで、研究チームは、GREENおよびALCA-SPRINGでの研究において、リチウム空気電池内部の複雑な反応を評価する手法の開発に取り組みました。発生する気体や揮発性物質を定量的に評価する手法を新規に開発し、様々な測定手法を組み合わせることで、電池内部で進行する反応を定量的に分析することに成功しました(図2)。

リチウム空気電池内部の反応を評価する分析システム
図2:リチウム空気電池内部の反応を評価する分析システム

さらに、研究チームは、このようにして開発した電池内部の反応を評価する手法を、NIMS-SoftBank先端技術開発センターで開発した実用的なリチウム空気電池に対して適用しました。今回研究チームが開発した電池は、セパレータや電解液の量が最小限に抑えられており、実用化を志向した設計になっています(図1b)。このような、実用的なリチウム空気電池内部の反応を分析した結果、高エネルギー密度なリチウム空気電池においては、電池のサイクル寿命が電解液量と面積容量の比で定義されるパラメータにより支配されることを、初めて明らかにしました。具体的には、電解液量を一定のまま面積容量を減らすと、サイクル寿命が延びることが分かりました。一方で、面積容量が減ると電池のエネルギー密度は下がってしまうため、実用的なリチウム空気電池の開発においては、「電解液量と面積容量の比」のパラメータを意識した電池設計、材料評価が重要であることを示しています。

今後の展開

本研究は、高エネルギー密度なリチウム空気電池のサイクル寿命を決定する主要因を初めて明らかにしたものであり、リチウム空気電池の実用化研究開発において重要な指針を与えるものです。今後は、本研究で得られた知見をふまえ、リチウム空気電池内部の副反応抑制手法を確立することで、NIMS-SoftBank先端技術開発センターでのリチウム空気電池の早期実用化につなげます。

掲載論文

題目 Material Balance in the O2 Electrode of Li-O2 Cells with a Porous Carbon Electrode and TEGDME-Based Electrolytes
著者 宇恵 誠、朝比奈 均、松田 翔一、魚崎 浩平
雑誌 RSC Advances
掲載日時 日本時間2020年12月2日以降
[注]
  1. ※1
    空気中の酸素を正極活物質とし、リチウム金属負極と非水系電解液からなる二次電池。理論エネルギー密度が現状のリチウムイオン電池の数倍に達する「究極の二次電池」として知られる。重量エネルギー密度が圧倒的に大きいことから、軽量性が重視されるドローンやIoT機器、さらには電気自動車や家庭用蓄電など、幅広い分野への応用が期待される。
  2. ※2
    電極面積当たりに蓄えられる電気量。mAh/cm2の単位で表される。この値が大きいほど、より多くの電気エネルギーを電極中に蓄えることができる。
  3. ※3
    成層圏に飛行させた航空機などの無人機体を通信基地局のように運用し、広域エリアに通信サービスを提供する次世代通信システム。山岳部や離島・発展途上国など通信ネットワークが整っていない場所や地域に、安定したインターネット接続環境を構築することが期待される。
  4. ※4
    単位重量当たりの電池の容量。Wh/kgの単位で表される。この値が大きいほど、より多くのエネルギーを電池に蓄えることができる。
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