プレスリリース 2022年

世界初、水中で複数の対象を自律的に追尾する画像認識
トラッキング技術による1対多接続の光無線通信に成功

~Beyond 5Gによる海の産業革命を目指して~

2022年4月22日
ソフトバンク株式会社
国立大学法人東京海洋大学

ソフトバンク株式会社(代表取締役 社長執行役員 兼 CEO:宮川 潤一、以下「ソフトバンク」)と国立大学法人東京海洋大学(学長:井関 俊夫、以下「東京海洋大学」)の後藤 慎平助教らの研究チームは、Beyond 5Gによる海の産業革命を目指して、画像処理技術、精密制御技術および可視光無線通信技術を活用した、複数の対象を自律的に追尾する画像認識トラッキング技術による1対多接続の水中光無線通信システムを開発し、水中の2台の遠隔操作ロボット(ROV:Remotely Operated Vehicle)に光無線通信経由で別々の指示を同時に与え、それぞれをリアルタイムに制御する実証実験に成功しました。

3台の水中光無線通信機(親機1台、子機2台)同士が、自動で捕捉・追尾し合って1対多接続の通信を確立・維持している状態で、子機となる水中光無線通信装置に接続された2台のROVをリアルタイムに遠隔操作する実証実験に成功したのは、世界で初めて※1です。

1対多接続の光無線通信を可能とするトラッキング技術によって、水中ロボットによる作業の自由度は大きく向上します。今後、このトラッキング技術によって、水中ロボットの群制御による効率的な海洋資源管理や水中設備点検、海氷下などでの水中ロボットによる測位、光無線通信を搭載した海底灯台による海中航路や新航法の開拓といった海の次世代モビリティへの利活用、有人の潜水艇間のコミュニケーションなど水中航走体全般の利活用に係る新たな市場の創出が期待されます。

[注]
  1. ※1
    2022年4月22日時点(ソフトバンクおよび東京海洋大学調べ)

1. 背景

近年、海洋国家である日本の沿岸・離島地域における水産業や海上輸送の高度化、洋上風力発電などの新産業や海洋観光などといった海域の利活用の発展に向けて、海中で働く遠隔操作ロボット(ROV)や自律航行ロボット(AUV:Autonomous Underwater Vehicle)向けの水中無線通信ネットワークへの期待が高まっています。しかし、電波は海水・淡水を問わず水中をほとんど透過しないため、これら水中での通信には古くから音響通信が使用されてきました。しかし、音響通信による伝送速度は数キロビット毎秒から数十キロビット毎秒程度と低速であり、水中ロボットをリアルタイムで制御するために必要な映像信号や制御信号の伝送レートの確保が困難でした。また、海面や海底での音響が乱反射する影響は、通信の安定性や測位精度などの面でも課題がありました。そのため、最近では水中を透過する可視光を使用した光無線通信技術に関する研究が各国で進められています。光は電波よりも直進性が高いため、通信を確立・維持するためには送信機の光を受信機が常に受信できるように、常にお互いを追尾し合って、位置や向きを調整し続けるトラッキング技術が最も重要な要素の一つになります。

そこで、ソフトバンクと東京海洋大学は、水流などの影響により姿勢が時々刻々と変化する水中ロボットなどでも、送信機と受信機間で光の向きをお互いに一致させて安定的な光無線通信を実現する技術として、画像認識によるトラッキング技術に着目し、共同研究を進めてきました。本技術では通信対象をカメラで捕捉・追尾するため、1組の通信装置間でビーム幅の狭いレーザー光の光軸を合わせて行う1対1の中距離および遠距離の光無線通信だけではなく、ビーム幅の広い拡散光を発する複数の通信対象を同時にトラッキングし、それらの光源の明滅を画像解析して信号を取り出すことによる、1対多接続の近距離および中距離の光無線通信も可能になります。なお、本技術による通信は、水中ロボットに搭載された水中カメラおよび投光器をそのまま通信に流用できるため、光無線通信装置を別途搭載する必要がなく、搭載機器の制限が厳しい水中ロボットにおいても最小限の設備で光無線通信が可能になる利点もあります。また、養殖用のいけすなどに設置された水中カメラおよび環境センサー類の動作ランプにより送受信機能を構成するなど、将来的には安価で汎用性の高い水中光無線通信システムを実現できる可能性があります。

2. 手法

従来の光無線通信では、ビーム幅が狭い高出力のレーザー光を複数照射するなどにより、通信の安定性を確保する技術が使用されてきました。しかし、水中で3次元的な姿勢の変化をする水中ロボットにおいて、レーザー光を安定的に受け続けることは困難でした。今回の研究チームにおいても、これまでに照射角が狭い光無線通信でも高精度にトラッキングする技術の開発を行ってきましたが、このたびの研究では、通信対象を捕捉・追尾する際に使用するトラッキング用カメラに、通信対象が発する光の明滅から信号を取り出す機能(OCC:Optical Camera Communication)を持たせることで、従来よりも広い画角で複数の光信号を自律的に捕捉・追尾可能な受信機を開発しました(図1、図2)。さらに、送信側もレーザー光よりもビーム幅が広い拡散光を発する光源を採用し、トラッキング用カメラで捕捉しやすくすることで、同時に複数の通信対象を捕捉・追尾して、1対多接続の通信を実現する手法を新たに開発しました。

図1 一般的な可視光無線通信とOCCによる可視光無線通信の概略図
図1 一般的な可視光無線通信とOCCによる可視光無線通信の概略図
図2 OCCによる1対多通信とOCCの概略図
図2 OCCによる1対多通信とOCCの概略図

この研究では、画像処理技術や精密制御技術を駆使することで水平方向に約±90度、垂直方向に約±90度の自律型トラッキング性能を持ち、1対多接続の全二重通信が可能な水中光無線通信機を新たに3台開発し、東京海洋大学の船舶運航性能実験水槽(全長50m、幅10m、水深2m)で実証実験を行いました。実験では、水槽の水深約1.5mに3台の通信機(親機1台と子機2台)を設置し、各子機に接続されたROVを同時かつ別々に、陸上のパソコンからリアルタイムに操作(潜航、浮上、前進、後進など)する実証実験を行いました(図3)。

図3 実証実験の模式図
図3 実証実験の模式図

3. 成果

今回、新たに開発した自律型のトラッキング式水中光無線通信機およびOCC技術を活用したシステムにより、親機1台と子機2台の構成で各子機がそれぞれ移動している状態でも、3台がお互いを捕捉・追尾して光無線通信を行い、さらに各子機に接続されたROV 2台を親機に接続されたパソコンからリアルタイムで別々に遠隔操作する実証実験に成功しました(図4、図5)。このたび採用したOCC技術により、従来の光無線通信では実現できなかった広範囲に点在する複数台の通信対象を同時に制御することができました。また、各子機はROVと分離・独立した構成のため、子機が親機との通信を維持するために姿勢・移動制御を行っても、ROVの運動に及ぼす影響が極めて少なく、安定した通信の維持とROVによる作業の自由度の両立を可能にしました。

図4 トラッキング式水中光無線通信機(親機1台、子機2台)と、各子機に接続されたROV(2台)の実験構成
図4 トラッキング式水中光無線通信機(親機1台、子機2台)と、各子機に接続されたROV(2台)の実験構成
図5 3機のトラッキング式水中光無線通信機が1対多接続の通信をしている様子
図5 3機のトラッキング式水中光無線通信機が1対多接続の通信をしている様子

4. 今後の展望

今回の実験結果から、画像認識による自律型トラッキング技術とOCC技術を組み合わせることで、広範囲に点在する複数の通信対象とのデータの送受信や遠隔制御、移動中の複数の水中ロボット同士がすれ違いざまにデータを受け渡したり、同調制御したりすることが可能になりました。これにより、水中の流れが速い海域や沿岸部の海洋構造物周辺で、ケーブルによる張力や海底・海面での音響反射による影響に左右されることがない水中ロボットの実現に近づきました。近年、各国で増えつつある沿岸の洋上風力発電では潮流が速く、有線式のROVではケーブルにかかる張力によって自由に動き回ることが難しく、また、浮体を海底に連結するアンカーチェーンに絡むなどの事故が危惧されています。さらに、1年を通して海氷が漂う南極海などでは、海底と海氷との間で音響が乱反射を起こすことから、AUVなどによる測位や音響通信に影響を及ぼすことが懸念されています。今回開発した技術は、これら海洋開発や海洋調査の現場において有効であり、今後海底ステーションと水中ロボットのドッキングやデータ通信、有人潜水船から小型のロボットを発進させて狭小部を調査する技術、複数台の水中ロボットの同調制御による沿岸セキュリティ網の構築、海底地盤の高精度な変化計測など、さまざまな分野での活用が見込まれます。

このトラッキング技術によって実用的な水中(海中)無線通信ネットワーク網の構築が可能になり、海洋産業の効率化や新産業の創出などに大きな経済効果が期待されることから、ソフトバンクと東京海洋大学は、Beyond 5Gによる海の産業革命の実現に向けて、より高度なトラッキング技術の研究開発を進めていきます。近距離および中距離において、多対多の接続による水中光無線通信や通信距離1kmを超える長距離の1対1の水中光無線通信を実現することで、全球的な海中通信網の確立を目指します。

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