プレスリリース 2023年

高エネルギー密度なリチウム空気電池の劣化反応機構を解明

~軽量保護膜の利用によりサイクル寿命の大幅向上に成功~

2023年1月31日
国立研究開発法人物質・材料研究機構
国立研究開発法人科学技術振興機構
ソフトバンク株式会社
株式会社オハラ

概要

  1. 1.
    国立研究開発法人物質・材料研究機構(以下「NIMS」)は、ソフトバンク株式会社(以下「ソフトバンク」)、株式会社オハラ(以下「オハラ」)と共同で、各種先端分析技術を駆使することで、高エネルギー密度なリチウム空気電池の劣化反応機構の詳細を解析し、負極の金属リチウム電極の劣化がサイクル寿命の主要因であることを明らかにしました。金属リチウム負極の劣化を抑制するために、軽量な保護膜を導入することで、高い重量エネルギー密度を維持しながらサイクル寿命を大幅に向上させることにも成功しました。本研究成果は、リチウム空気電池の実用化に向け、大きな一歩となるものです。
  2. 2.
    リチウム空気電池は、理論重量エネルギー密度が現行のリチウムイオン電池の数倍に達する「究極の二次電池」であり、軽くて容量が大きいことから、ドローンや電気自動車、家庭用蓄電システムなど幅広い分野への応用が期待されています。NIMSは国立研究開発法人科学技術振興機構(以下「JST」)が高容量蓄電池の研究開発加速を目的に発足したプロジェクトである先端的低炭素化技術開発ALCA特別重点技術領域「次世代蓄電池」(以下「ALCA-SPRING」)の支援の下、基礎研究を進めてきましたが、2018年にソフトバンクと共同で「NIMS-SoftBank先端技術開発センター」を設立し、携帯電話基地局やIoT、HAPS(High Altitude Platform Station)などに向けて実用化を目指した研究を行ってきました。NIMS-SoftBank先端技術開発センターは、2021年に現行のリチウムイオン電池の重量エネルギー密度を大きく上回る500Wh/kg級リチウム空気電池を開発しましたが、そのサイクル寿命は10回以下であり、実用化に向けてはサイクル寿命の向上が課題となっていました。
  3. 3.
    研究チームは、これまで確立してきたさまざまな先端分析手法を用い、負極の金属リチウム電極の劣化が過電圧の増大を引き起こしていることを突き止めました。これまで、酸素正極反応の高い過電圧が、サイクル寿命が低くなる原因として考えられてきましたが、このたびの研究結果は従来の定説を覆す重要な発見と言えます。さらに、研究チームは、金属リチウム負極の劣化を抑制するために、軽量性と柔軟性を兼ね備えた厚み6µmの固体電解質膜を開発し、負極の保護膜としてリチウム空気電池に搭載しました。その結果、高い重量エネルギー密度を維持しながらサイクル寿命を大幅に向上することに成功しました。
  4. 4.
    今後は、現在開発中の新規材料群をリチウム空気電池に搭載することで、サイクル寿命のさらなる向上を実現し、NIMS-SoftBank先端技術開発センターでのリチウム空気電池の早期実用化につなげます。
  5. 5.
    本研究は、主に、ALCA-SPRINGとNIMS-SoftBank先端技術開発センターの研究開発の一環として、松田 翔一主任研究員、小野 愛生NIMSポスドク研究員、魚崎 浩平フェロー(NIMS-SoftBank先端技術開発センター、センター長)らを中心とした研究チームによって行われました。
  6. 6.
    本研究成果は、日本時間2023年1月30日に、Advanced Energy Materials 誌にオンライン掲載されました。

研究の背景

リチウム空気電池※1は、重量エネルギー密度※2が圧倒的に高いことから、軽量性が重視されるドローンやIoT機器、さらには電気自動車や家庭用蓄電システムなど、幅広い分野への応用が期待されています。リチウム空気電池は、正極活物質として空気中の酸素を用い、負極には金属リチウムを用いることによって、理論重量エネルギー密度が現行のリチウムイオン電池の数倍に達する「究極の二次電池」です。NIMSは、JSTの支援の下、リチウム空気電池の研究開発を進めてきました。さらに、2018年にソフトバンクと共同で、NIMS-SoftBank先端技術開発センターを設立し、携帯電話基地局やIoT、HAPS※3などに向けたリチウム空気電池の実用化を目指した開発研究を行ってきました。これまで研究チームは、NIMS-SoftBank先端技術開発センターでの研究により、現行のリチウムイオン電池の重量エネルギー密度(200Wh/kg程度)を大きく上回る500Wh/kg級リチウム空気電池を開発し、室温での充放電反応を実現してきました。しかしながら、そのサイクル寿命は10回以下であり、実用化に向けてはサイクル寿命の向上が課題となっていました。

研究内容と成果

リチウム空気電池は、多孔性カーボン膜(正極)、セパレータ、金属リチウム箔(負極)を積層した構造です(図1a)。放電反応では、負極で金属リチウムが電解液に溶出し、正極で酸素と反応して、過酸化リチウムが析出します。また、充電反応は、放電反応とは逆に、正極の過酸化リチウムが分解し酸素を放出、負極では金属リチウムを析出します。今回、研究チームは、NIMS-SoftBank先端技術開発センターで開発した高エネルギー密度なリチウム空気電池に対して、これまで確立してきたリチウム空気電池内部の複雑な化学反応を解析するための先端分析手法を適用することで、電池劣化反応機構の解明を試みました。
図1bは、充放電反応後の負極断面の走査型電子顕微鏡(SEM)の観察結果です。初期は100µmだった金属リチウム負極の厚みが、50µm程度まで減少しており(図1b)、金属リチウム負極が著しく劣化していることが分かります。この劣化反応の詳細を明らかにするために、リチウム空気電池セル内部のガス分析測定を実施しました。その結果、正極における副反応(溶媒の分解反応など)に伴って発生した水や二酸化炭素が負極側で反応している可能性が示唆されました。
研究チームは、これらの副反応生成物が、金属リチウムの負極の劣化原因ではないかと考えました。そこで、正極からの水や二酸化炭素といった副反応生成物のクロスオーバーを抑制するために、厚み90µmの固体電解質を保護膜として正極と負極の間に導入したリチウム空気電池を作製し(図1c)、充放電反応試験を実施しました。保護膜を導入したリチウム空気電池における、充放電反応後の負極の断面SEMの観察の結果、金属リチウムの負極の厚みは、初期の100µmをほぼ維持しており、劣化が大幅に抑制されていることが明らかとなりました(図1d)。

図1:(a)リチウム空気電池の構成図。(b)充放電反応後の負極の断面SEM像(保護膜なしの場合)。100µmの厚みだった金属リチウム負極が50µm程度の厚みまで減少しており、金属リチウム負極が著しく劣化しています。(c)固体電解質を保護膜として導入した場合のリチウム空気電池の構成図。(d)充放電反応後の負極の断面SEM像(保護膜ありの場合)。初期の100µmの厚みをほぼ維持しており、劣化が大幅に抑制されています。スケールバー:20µm
図1:(a)リチウム空気電池の構成図。(b)充放電反応後の負極の断面SEM像(保護膜なしの場合)。100µmの厚みだった金属リチウム負極が50µm程度の厚みまで減少しており、金属リチウム負極が著しく劣化しています。(c)固体電解質を保護膜として導入した場合のリチウム空気電池の構成図。(d)充放電反応後の負極の断面SEM像(保護膜ありの場合)。初期の100µmの厚みをほぼ維持しており、劣化が大幅に抑制されています。スケールバー:20µm

一方で、クロスオーバーを抑制するために保護膜として導入した厚み90µmの固体電解質は非常に重い材料であるため、リチウム空気電池の高い重量エネルギー密度を損なってしまいます。そこで、研究チームは、軽量性と柔軟性を兼ね備えた厚み6µmの固体電解質(図2)を開発し、負極の保護膜としてリチウム空気電池に搭載しました。作製したリチウム空気電池の重量エネルギー密度は400Wh/kgを超えており、従来のリチウムイオン電池の2倍以上の重量エネルギー密度を有していることが分かりました。また、20サイクル以上の安定した充放電反応が進行することを確認しました。

図2:厚み6µmの固体電解質膜。スケールバー:1cm
図2:厚み6µmの固体電解質膜。スケールバー:1cm

今後の展開

本研究では、正極で生じた副反応生成物のクロスオーバーが、金属リチウム負極の劣化の主要因であることを明らかにしました。従来、酸素正極反応における高い過電圧が、リチウム空気電池の低いサイクル寿命の原因として考えられてきましたが、この結果は従来の定説を覆す重要な発見であり、学術的に非常に価値の高い成果です。今後は、今回開発した軽量保護膜を搭載したリチウム空気電池に、現在開発中の新規材料群を搭載することで、サイクル寿命のさらなる向上を実現し、リチウム空気電池の早期実用化を目指します。

掲載論文

題目:Chemical Crossover Accelerates Degradation of Lithium Electrode in High Energy Density Rechargeable Lithium-Oxygen Batteries
著者:松田 翔一、小野 愛生、朝比奈 均、木村 伸、水木 恵美子、安川 栄起、山口 祥司、久保 佳実、魚崎 浩平
雑誌:Advanced Energy Materials
掲載日:日本時間2023年1月30日

用語解説

※1 リチウム空気電池
空気中の酸素を正極活物質とし、金属リチウム負極と非水系電解液からなる二次電池。理論エネルギー密度が現行のリチウムイオン電池の数倍に達する「究極の二次電池」として知られています。重量エネルギー密度が圧倒的に大きいことから、軽量性が重視されるドローンやIoT機器、さらには電気自動車や家庭用蓄電システムなど、幅広い分野への応用が期待されます。

※2 重量エネルギー密度
単位重量当たりの電池の容量。Wh/kgの単位で表されます。この値が大きいほど、より多くのエネルギーを電池に蓄えることができます。

※3 HAPS(High Altitude Platform Station)
成層圏に飛行させた航空機などの無人機体を通信基地局のように運用し、広域エリアに通信サービスを提供する次世代通信システムです。山岳部や離島・発展途上国など通信ネットワークが整っていない場所や地域に、安定したインターネット接続環境を構築することが期待されます。

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