プレスリリース 2025年
「Transformer」を活用してAI-RANを高度化し、
5Gの通信速度を約30%向上
~無線信号処理に最適化したAIアーキテクチャーで高性能化と低遅延化を実現~
2025年8月21日
ソフトバンク株式会社
ソフトバンク株式会社(以下「ソフトバンク」)は、AI-RANのコンセプトの一つである、AI(人工知能)を活用してRAN(無線アクセスネットワーク)を高度化する「AI for RAN」の研究開発において、無線通信信号の処理に高性能AIモデル「Transformer(トランスフォーマー)」を活用したAIアーキテクチャー(以下「本アーキテクチャー」)を新たに開発しました。これにより、5G(第5世代移動通信システム)の通信速度(スループット)を約30%向上させることに成功しましたので、お知らせします。
本アーキテクチャーを活用して実証を行った結果、3GPP(3rd Generation Partnership Project)で策定された5Gの標準仕様に準拠した実際の無線環境でのリアルタイムな動作確認と、通信品質の大幅な向上に成功しました。この成果は、AI-RANがコンセプト段階から実用段階に向けて大きく前進したことを示しています。
実環境での実証:上りスループットが約30%向上、超低遅延処理を実現
ソフトバンクは、AI for RANの実現に向けた研究開発を段階的に進めています。これまでの研究では、AIモデルの一種であるCNN(Convolutional Neural Network、畳み込みニューラルネットワーク)を活用して「アップリンクチャネル補間※1」を行うことで、AIを利用しない信号処理方式(ベースライン方式)と比べて、上りスループットを約20%向上させることに成功しています※2。今回の実証では、CNNよりも高性能なAIモデルであるTransformerを活用した本アーキテクチャーをGPU(Graphics Processing Unit)上で動作させ、実際の無線環境(OTA:Over-the-Air)での検証を行った結果、リアルタイムの動作確認に加えて、スループットの大幅な向上や超低遅延処理を実現しました。
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- スループットの大幅な向上
本アーキテクチャーを活用したアップリンクチャネル補間により、CNNと比較して上りスループットが約8%向上しました。ベースライン方式と比較すると約30%のスループット向上を達成しており、AIモデルの継続的な進化が実環境での通信品質向上につながることを実証しました。
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- AIの高性能化と超低遅延処理の両立
5Gのリアルタイム通信では、1ms(1ms=1,000分の1秒)を下回る処理が求められますが、Transformerを活用した今回の実証では、平均約338µs(1µs=100万分の1秒)という超低遅延処理を実現し、CNNを利用した場合よりも処理速度が約26%高速化しました。一般的にAIモデルは高性能化に伴って処理速度が低下しますが、今回はAIモデルの高性能化と低遅延化を同時に実現し、従来は技術的に困難とされてきた課題の解決に成功しています。
シミュレーション環境での実証:下りスループットの改善率が2倍以上に
本アーキテクチャーを活用して、基地局が端末に最適な電波(ビーム)を割り当てるために必要な「サウンディング参照信号(SRS)予測※3」のシミュレーションを行いました。これまでの研究では、シンプルな構造を持つAIモデルであるMLP(Multilayer Perceptron、多層パーセプトロン)を用いてSRS予測のシミュレーションを行い、時速80kmで移動する端末の下りスループットが、ベースライン方式と比べて約13%向上することが確認できました※2。本アーキテクチャーを活用した今回のシミュレーションでは、下りスループットが時速80kmで移動する端末において約29%、時速40kmで移動する端末において約31%向上し(ベースライン方式との比較)、AIモデルの高性能化によりスループットの改善率が2倍以上になることが実証されました(図1)。これは、ユーザー体感を直接左右する通信速度の大きな改善につながります。
本アーキテクチャーの特長
AI for RANの実用化に向けた最大の技術的課題は、1msを下回る超低遅延でリアルタイム処理を行いながら、高性能AIモデルを活用して通信品質を大幅に向上させる点です。本アーキテクチャーは、この課題を解決するため、Transformerをベースに必要最小限の処理に絞り込んだ軽量かつ高効率な特長を持ち、低遅延化とAI性能の最大化の両立を実現しています。主な特長は下記の通りです。
(1)無線信号全体の関連性を把握
Transformerの機能の一つである「自己注意機構(Self-Attention)」を活用し、無線信号が持つ周波数や時間などの広範囲の相関関係(例:電波の反射や干渉による複雑な信号パターンなど)を把握することで、軽量化しながらも高いAI性能を維持することが可能です。CNNの「畳み込み機構(Convolution)」が入力の一部だけを参照するのに対し、「自己注意機構(Self-Attention)」は入力全体の関連性を把握することができます(図2)。
(2)無線信号の物理情報を保持
一般的にAIモデルでは入力情報を正規化して学習を安定化させますが、本アーキテクチャーでは通信品質を示す重要な物理情報である「無線信号の振幅(大きさ)」を保持するため、正規化処理を実施せずにそのまま利用する独自設計を行いました。これにより、チャネル推定などのタスク性能を大幅に向上させることが可能になります。
(3)さまざまなタスクに対応できる汎用性
共通設計をベースにしており、出力部分のわずかな変更のみでチャネル補間・推定やSRS予測、信号の復調など、性質が異なるさまざまなタスクに対応できます。これにより、タスクごとにAIモデルを個別に開発する必要がなくなり、手間やコストを大幅に削減することが可能になります。
今回の実証の結果は、5G-Advancedや6G(第6世代移動通信システム)時代に求められる高度な通信性能の実現には、Transformerのような高性能AIの活用と、その実行基盤となるGPUが不可欠であることを示しています。また、GPU上でRANを制御するAI-RANは、一度ハードウエアを導入すれば、将来さらに高性能なAIモデルが登場してもソフトウエアの更新のみで継続的な性能の向上が可能となります。これにより、通信事業者の設備投資の効率化と価値の最大化を実現します。
ソフトバンクは今後、これらの技術の実用化を加速させ、AI-RANによる通信品質の向上とネットワークの高度化を一層推進し、通信インフラに革新をもたらすことを目指していきます。
- [注]
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- ※1アップリンクチャネル補間とは、通信リソースの一部にのみ割り当てられる復調用参照信号(Demodulation Reference Signal、DMRS)から、データが伝送される伝送路(チャネル)の状態を推定・補間する信号処理技術のこと。限定的な測定情報を基に伝送路全体の特性を正確に把握することで、通信の高速化・安定化を実現する。
- ※22025年3月3日付のプレスリリース「AI技術によるRANの性能向上効果を実証」をご覧ください。
- ※3サウンディング参照信号(Sounding Reference Signal、SRS)予測とは、基地局が端末から一定間隔で送られるSRSを受信できないタイミングにおいて、過去に受信したSRSから伝送路を推定し、ビームフォーミング性能の低下を防ぐ技術のこと。
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