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企業の情報開示に必要なのは「価値創造ストーリー」。金融政策のエキスパートが解説するESG経営のあるべき姿とは

企業の情報開示に必要なのは「価値創造ストーリー」。金融政策のエキスパートが解説するESG経営のあるべき姿とは

環境や人権などに配慮した商品やサービスが重視されるようになってきた昨今、企業活動にも、E(環境)・S(社会)・G(ガバナンス)を配慮したESG経営に取り組むことが求められています。ESG経営において重要となる情報開示のポイントや企業が取り入れたい考え方について、企業経営におけるリスク管理や内部監査について詳しい東京大学未来ビジョン研究センターの仲教授に教えていただきました。

目次

教えてくれた人

仲 浩史(なか・ひろし)教授

仲 浩史(なか・ひろし)教授
京都大学法学部を1983年に卒業後、大蔵省(現財務省)に入省し、国内外の金融業務に従事。2014年から4年間、世界銀行副総裁兼内部監査総長を務める。2018年9月より、東京大学未来ビジョン研究センター(IFI)専任教員。専門領域は、金融制度、国際金融、マネーロンダリング・テロ資金対策、経済制裁、SDGsなどの途上国の開発政策のほか、企業経営の戦略的リスク管理やコンプライアンスの監査も。公認内部監査人(CIA)。監査研究2022年12月号にてソフトバンク株式会社のESG活動を調査。

求められるESG経営。注目の背景と企業が直面する課題

近年、投資家が環境(Environment)・社会(Society)・ガバナンス(Governance)を重視し始めた潮流を受けて、企業が資金調達のためにESGに配慮した経営を行うことを「ESG経営」と言います。近しい概念である「サステナビリティ経営」はSDGsへの関心の高まりから注目されるようになりました。SDGsは2030年というゴールを見据えている点で少し異なりますが、どちらも環境や社会に配慮した経営を行い、企業や人間、地球全てにおける持続可能性を目指している点は同じです。あまり区別しても意味がないと言えます。

ESG経営が日本で注目され始めた背景には、日本最大の投資機関である「年金設立金管理運用独立行政法人(GPIF)」がESG投資を後押ししたことが一つの大きなきっかけにあると言えるでしょう。GPIFがESG投資に振り分けた金額は総額の一部ですが巨額なため、企業にとってESGに配慮した経営活動が避けて通れないものとなりました。

ESG投資の中で重要な考え方は、環境や社会に与えるネガティブなインパクトを軽減すること。それはつまり、負のインパクトを出し続ける企業は投資の対象外であることを指します。

求められるESG経営。注目の背景と企業が直面する課題

SDGsとESG、企業が意識するべきなのはどっち?

しかし、企業がESG経営に取り組むには、生産から販売に至るまでのサプライチェーンにおいて人権の配慮を徹底したり、二酸化炭素(CO2)の排出量を削減するなど、人的・金銭的コストが生じるため、メリットが感じられないと捉える企業経営者も一定数います。また、実態を伴わないのに積極的に取り組んでいるかのように見せかける「グリーン・ウォッシュ」や「インパクト・ウォッシュ」という行為が横行しているという指摘も近年増加しています。

世界中で共有されるようになったESGの価値観を考慮せずに経営を行うことは、国際社会や資本市場で評判(レピュテーション)を落としかねません。日本ではESGよりSDGsがより広く知られていますが、ヨーロッパでは真逆です。SDGsはどちらかと言えば個人でも取り組める内容で教育現場などで扱うのに適していますが、企業が欧米各国も視野に入れて情報発信する場合は、ESGのほうが受け入れられやすいでしょう。

ESG投資は “Fiduciary Duty(受託者責任)” を果たしている?

“Fiduciary Duty(受託者責任)” とは、金融商品や投資商品を扱う運用機関が果たすべき責務のこと。資金を託された運用機関は、投資家に対して一定の利益を生み出す責任があります。環境や社会の持続可能性の追求など特定の価値観を第一優先として投資先の取捨選択を行うESG投資は、その責務をきちんと果たせているのかという議論が現在も行われています。

目指すは、事業を通じたポジティブ・インパクトの創出。ESG経営の大切な考え方2つ

目指すは、事業を通じたポジティブ・インパクトの創出。ESG経営の大切な考え方2つ

企業がESG経営を行う上で、今後ますます重要となってくる2つのポイントがあります。

①事業活動を通じた「ポジティブ・インパクト」を創出する

ESG経営を通して投資先として選ばれる企業になることを目指して、環境や社会に与える負のインパクトである「ネガティブ・インパクト」の最小化に向けて取り組み、対外的に発信する企業が増えてきています。それとは別に私が提唱しているのは、本業のビジネスを通じて社会課題の解決を目指す「ポジティブ・インパクト」の創出です。

種類

概要

ポジティブ・インパクト

事業活動を通じて、環境や社会に対して新しい価値を創出し、課題の解決を目指すこと。
(例)5G(第五世代移動通信システム)サービスの提供を通じた遠隔医療や自動運転などへの貢献、二酸化炭素を吸収しこれをもとに新たな素材を作る技術の開発、など

ネガティブ・インパクト

環境や社会に対する負のインパクトを削減することに主眼が置かれる。
(例)製品の製造過程で生じる二酸化炭素排出量の削減や、サプライチェーン内の企業における人権問題の是正、など

環境や人権問題が重視される中で、まずは「ネガティブ・インパクト」を小さくしないと地球自体が存続できないという考え方がESG投資の主流になる中、「ポジティブ・インパクト」に取り組む努力は忘れられがちでした。

「ポジティブ・インパクト」は、企業が自発的かつ自由に課題を発見し解決するという価値創造を行います。どのような社会・環境問題を課題と捉えて、それをどんな事業を通じて解決するかは企業の自由。企業が創意工夫できる分野で、事業を通じて行うため利益を得られる可能性も大いにあります。「ポジティブ・インパクト」の増加に取り組むことは、企業活動の利潤を生み出したいという動機にもマッチしやすいです。また、ESG投資の進化した形態として、従来のESG投資と車の両輪となるものです。

何よりも大事なのは、ステークホルダーに向けて企業がESG経営にコミットメントをしていくと明確に宣言をすること。それには、統合報告者やサステナビリティレポートを通して、目標や成果といった情報を積極的に開示していくことが必要です。

②「ポジティブ・サステナビリティ・レポート」で情報を開示する

企業がステークホルダーに向けて発行する統合報告書は、企業の中長期的な成長ストーリーを説明する資料です。大きく分けて2種類の情報があり、売上や利益など業績に関する財務情報と、経営理念やビジョンなどを説明する非財務情報があります。非財務情報には、サステナビリティ・レポートが含まれています。

その中でも、従来型のサステナビリティ・レポートでは、「ネガティブ・インパクト」を最小化するための企業の努力を説明することが主な役割になっていますが、事業を通じた課題解決の活動である「ポジティブ・インパクト」について情報を開示する部分を「ポジティブ・サステナビリティ・レポート(PSR)」と私は呼んでいます。

ポジティブ・サステナビリティ・レポートとは、企業がサステナビリティ・レポートの中で、「ポジティブ・インパクト」にコミットし達成するための計画や道筋を説明する「価値創造ストーリー」と、その結果社会にどのような変化をもたらすかを管理するための「インパクトマネジメント」の両者を踏まえて情報開示することを指します。ポジティブ・サステナビリティ・レポートに従って説明を行う企業が少ないのが現状です。投資家に向けてESGに関する情報を積極的に開示することが大切とされています。

嘘偽りのない情報開示は信頼醸成の要。投資家から評価されるために

ポジティブ・サステナビリティ・レポートにおいて、評価されるための情報開示には2つの柱があります。

価値創造ストーリーの開示

1つ目の柱は、企業が自ら社会課題や環境課題を特定し、どういった戦略やビジネスモデルで解決に取り組むのか「価値創造ストーリー」を語ること。

インパクト目標(KPI)をベースとしたインパクトマネジメントの開示

2つ目の柱は、その価値創造ストーリーに沿って、社会や環境にどんなポジティブなインパクトを、どれくらいの規模で、いつまでに与えるのかといった数値目標(KPI)を設定し、達成状況を随時ステークホルダーに向けて開示すること。

インパクト・ウォッシュなどの疑念を投資家から抱かれないようにするには、「インパクトマネジメント」の観点からKPIを管理し、その達成状況をデータにもとづいて説明することが大事です。具体的には、どのような課題解決目標があって、達成することでどのような結果が社会や環境にもたらされるのか、また、インパクトを管理するための制度を備えているのかといった情報を投資家に伝えていく必要があります。

価値創造ストーリーを開示するとともに、インパクト目標の達成状況について正確な報告を行うことで、投資家やその他のステークホルダーとの信頼醸成につながります。さらに、価値創造ストーリーの達成に関するリスクが適切にコントロールされているか、インパクトマネジメントが標準的な方法に則って適切に行われているかといった点について、客観的な評価を受けることなどが挙げられます。外部の第三者の評価によることも可能ですが、社内の内部監査部門でも一定の役割を果たせると私は思っています。現に、ソフトバンク株式会社の内部監査部門は、インパクトマネジメントの部分を中心に、サステナビリティ・レポートの監査を行っていて、私の研究報告の中で先進的なケースとして紹介しています。

価値創造ストーリーの策定の際に意識したい点

  • ストーリーを実現するための経営戦略やビジネスモデルがうまく機能するように議論して作られているか
  • 目標を阻害するリスクはあるか
  • それはどんなリスクか理解しているか
  • リスクを軽減するために何をするつもりか
  • それを実行しているか、など

創出したアウトプットのその先へ。見据えるのは、社会がどう変わるか

社会や環境へのインパクトは、企業が創出したサービス・製品といった生産物(=アウトプット)ではなく、生産物が社会や環境にどのような変化をもたらしたか(=アウトカム)という視点から判断する必要があります。

しかし、アウトカムを数値化し、これをKPIとして設定することは、実はなかなか難しいものがあります。ネガティブなインパクトを軽減することに関して言えば、人権や生物多様性などアウトカムを妥当な数値目標(KPI)として設定することが難しい領域があります。ポジティブなインパクトの追求に関して言えば、実際に社会などに及ぼすアウトカムを数値目標として設定することは大企業の場合、相当困難を伴います。

ケーススタディを行ったソフトバンク株式会社を例にとると、社会課題解決を目指した取り組みの基幹となる5Gサービスを提供すること(アウトプット)は社会や環境に貢献していると言えますが、そこには第三者の協力が不可欠です。遠隔医療を提供する企業や団体と連携して初めて「均等な医療機会の創出」といったアウトカムが生まれるため、アウトカムに対して定量的な数値目標を設定することが難しく、5Gサービスの提供というアウトプットをKPIにせざるを得ません。その結果どんな社会変革が生まれるかは、価値創造ストーリーとして定性的に説明を行うことが大切になります。

インパクトマネジメントの世界ではアウトカムを数値化し、KPIにするのが理想とされていますが、こうした理想を実現してくため、あるいは現実的な取り扱いを可能とするには、学術的・実務的検討をさらに活性化させていく必要があると思っています。とは言え、ポジティブなインパクトを追い求め、社会課題を事業を通じて解決していきたい企業としては、その検討結果を待つことなく、投資家その他のステークホルダーとの対話を重ね、少しでも社会がどう変わるのかの説明を磨き上げていくことが必要です。

「統合報告書」を読めば企業が分かる。拡大するESG投資に向けた新しいレポートのカタチ

統合報告書についてこちらの記事で詳しく解説しています。

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創出したアウトプットのその先へ。見据えるのは、社会がどう変わるか

ESG経営に取り組んでいる、もしくはこれから取り組もうと検討している企業にはぜひ、ポジティブ・インパクトの部分を開示していただきたいと思っています。日本の資本主義の父と言われる渋沢栄一も、何らかの形で社会に役立たなければ事業を興してはいけないという言葉を残しています。それは、現在でも社会課題の解決をビジョンに掲げる多くの日本企業の精神に根付いていると私は思っていて、そのDNAを再活性化させることで、ESG経営にもつながっていくのではないでしょうか。

サステナビリティ経営とは? 専門家が解説する「いま」推進すべき理由と世界から見た日本企業の現在地

サステナビリティ経営についてこちらの記事で詳しく解説しています。

サステナビリティ経営とは? 専門家が解説する「いま」推進すべき理由と世界から見た日本企業の現在地

(掲載日:2023年5月29日)
文:ソフトバンクニュース編集部

サステナビリティ

「すべてのモノ、情報、心がつながる世の中を」をコンセプトに、持続可能な社会の実現に向け、企業活動や事業を通じて、さまざまな社会課題の解決に取り組んでいるソフトバンク。

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